先日、長岡まつりに招待頂いた。
黄昏時の信濃川、その河川敷を物凄い数の人が埋め尽くす。
聞けば100万人の人出だとか。
僕は河川敷沿いのビルの屋上に設けられた席から遠く暮れてゆく落日を眺めその時を待っている。
長岡まつり花火大会の起源について今回招待頂いた方から次のような説明受けた。
それは1945年8月1日の長岡大空襲という悲劇に端を発している。
終戦の翌年から8月2日と3日という日程が設定され、毎年この2日間空襲で亡くなられた方達に慰霊の念を込めてこの花火大会が催されるようになったとの事。
そして2005年からは前年の中越地震で亡くなられた方達の慰霊も同時に催される形となった。
黙祷の後、夕刻からこの催しは始まる。
約2時間半あまり夜空に繰り広げられる数々のデザインからなる花火は2万発。
しかし夏の風物詩、花火は何故こんなに郷愁を誘うのだろう。
子供の頃から花火は好きだった。僕の生まれた高知には鏡川花火大会ってのがあった。
よく祖父母の家の屋根に登り従兄弟たちと夜空に打ち上げられる花火を眺めたものだ。
夜空に広がる大輪の花火、いつもなんとも言えぬもの悲しさ(空しさかも)がふと心の中を過ぎった。
幼かった僕にはその寂しさがどこから来るのかわからなかった。
だが、ゆく夏を惜しむ気持ち、まだ浅い人生であってもそこに諸行無常みたいなものを感じ、そんな得も言えぬ感傷を幼いながらも持ち合わせていたのだろう。
ユーミンの歌詞にある「いつか手を引かれて川原で観た花火 夢は束の間だと自分に言いきかせて」、まさにこの気持ちは幼い誰もが心の片隅で小さく認識している思いだ。
そしてその気持ちは様々な人生経験を経て、年齢を重ねるとますます強くなってゆく。
この河川敷で花火を眺める人の数だけ人生はそこにあるのだ。
夜空に打ち上げられる花火に誰もが自分の人生を思うのだろう。
この夜空の果てに続く宇宙を考え悠久の時の中で自分はとても小さな存在、人生とは一瞬であることを思い知る。
人の世の生きる虚しさをそこに重ねて物思いに耽るのだろう。
それでも僕らはこの花火の美しさに歓声を上げ美酒を酌み交わす。
浴衣の柄を競い合い並べられた郷土料理に舌鼓を打つ。
ふと、ここに自分が在る「今」を感謝する。
一度きりの人生を大切にしなければとわかりきった事を改めて思う。
夏の真っ只中にいるというのになんだか今年は一段と夏に焦がれる。
オレも年取ったんだなぁってこの夏はしみじみ思う。
そんな長岡の夜だった。
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